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My first Mei ファイル報告書
DEC/2003  in 台北       pagepage1   >>   page2   page3   page4   page5   page6

12月30日、日本の張惠妹ファンの「阿妹との出会い」を記した[My first Mei]アンケートを中国語に訳し、クリアファイルに入れて阿妹に渡しました。

前フリ
2003年のカウントダウンを香港のコンサートで行って、打ち上げの席上ですでに「今年のカウントダウンは台湾でやるよ」と発言していた阿妹。(現地芸能新聞より)
確かに台湾のファンには阿妹のいないカウントダウンイベントはつまらないらしく、華納のBBSでも皆さん散々ぶーたれていました。

あっという間に月日は過ぎ去り、10月のはじめごろに台湾の阿妹ファンllopがBBSに秋以降のスケジュールを書き込んでくれました。  >> 掲示板のログは こちら
そして11月の終わりに「台北101でカウントダウンだよ」とのカキコが。

う〜ん、確かに去年のカウントダウンは楽しかったが、私はすでに年末に旅行のスケジュールを入れていて台湾には行けないこと確実。llopにも「行けないよ〜」とレスしていたのですが、 なんとそれを見たすぷびゅーさんから「カウントダウン見に台湾へ行こうと思います」という内容のメールをいただきました。
せっかく行くんだったら日本からファンが来てるよ〜ってことをアピールしたいなと思ったのです。

そこで去年やったクリスマスカードを年賀状にしようか、それともまた別の何かを用意するか、迷っていたのですが台湾では年賀状という習慣がありません。
しかも阿妹はキリスト教徒。クリスマスカードの方がふさわしいか?
何か手みやげが欲しいところだけど、2本立てで集めるのは皆さんも私も負担が大きい・・・。
じゃあこれまでに皆さんから集めた[My first MEi]アンケートを中国語に訳して送ろうか?
そんなことを悩んでいる間に12月に突入してしまい、慌しくクリスマスカードの告知をしました。それと同時進行で[My Fiest MEi]アンケートに参加してくださった方々へ「訳して阿妹に渡します」とメール連絡しました。

さてさて、渡す物は決まったがどう渡すかは全く決まってない状況で時間は過ぎていきます。
すぷびゅーさんは信頼してるけど、そんなややこしい状況に放り込んで大丈夫かな〜、それに言葉の問題も無きにしも非ず・・・と考えていたとき、T.Tさんの存在が思い浮かびました。
T.Tさんは某MLで知り合った方ですが、気づけばいつの間にやら台湾に赴任していらっしゃったので勝手に「台湾特派員」と呼んでいました。

とりあえず台湾のllopにメールを送り、「阿妹に渡したい物があるから、もしよかったら手伝ってくれない?」と持ちかけました。
最初にT.Tさんから返ってきたお返事は泥酔していたらしく、非常にノリノリだったのですが、翌日しらふに戻ってから「阿妹に直接渡せ」という内容だったということに気づいたらしく、神妙なメールが・・・(笑)。
しかしながら「なにをどうすればいいかご指示いただければ、大抵のことは やります(殺人は除く)」という心強い一文を拝見して、もうイケイケドンドンです。
もちろん直接手渡しできれば一番素晴らしいのですが、もしそれが叶わなくて人づてに渡したとしても「日本からファンが見に来た」「日本からプレゼントを持ってきた」ということが分かれば、それだけでもかなり有意義なことだと思っていました。

とりあえず現地に日本語と中国語ができる人員(T.Tさんのことね)を確保したので、私の仕事は渡す物=翻訳文書制作となりました。 年末の旅行のため飛行機に乗る23日までに中文訳を仕上げてすぷびゅーさんにデータを渡さなければいけません。
wordでの作業が苦手な私は、とりあえずすぷびゅーさんに「大まかに文書の形式を作ってください」とファイルを添付して送り、それと平行してクリスマスカードの準備をしました。

告知が遅かったため集まりが悪かったのですが、12月19日に無理やりクリスマスカードを発送して、すぐに帰宅。それから訳文との死闘が始まりました。まさにここからが地獄・・・。

クリスマスカードをまとめているときにも、息抜きで簡単な部分は翻訳していたのですが「簡単なところからやった」=「難しいところばかり残った」になるわけです(苦笑)。

こんなとき頼りにするのは近所に住んでる中国人の陽陽(ヤンヤン)です。(彼女には[lyrics]の訳詞チェックでもときどきお世話になってる)
陽陽は日本に来てすでに2年以上で、日本語能力はそんなに低くないはずなのですがやはり翻訳のプロではありません。そのため適当な訳語をひねり出すのは当然私の仕事。彼女には「これで意味が通るか」だけチェックしてもらうつもりでいたのに、「是什麼意思?(どういう意味?)」「不明白!(わかんない!)」とあっさり言われることの連続。
つまり全然訳せてないってこと・・・。
やはりこういう場合は外国語の作文能力が問われるわけで、いつも適当に話したりチャットしていたのがバレバレ・・・(-_-;)

20日からは仕事から帰り、荷物を置いてシャワーを浴びるとすぐに陽陽の所に行く日々が始まりました。晩ご飯も最初は遠慮したのですが私が食べないと彼女も食べないので一緒食べる羽目に・・・。
もちろん食べながらも「こんな表現は?」「こんなときはどう言うの?」と質問攻め。

11時にはおいとまして自宅に帰り、その日翻訳が済んだものをWordに入力する作業と、明日のための下翻訳で毎晩寝るのは3時すぎ(=_=;)

19日以前に下翻訳をしていたつもりの訳文はほとんどボツ、しかも陽陽には難しいニュアンスが分からないらしく、それぞれのエピソードを全部「喜歓上了(好きになった)」にしようとするので、一人の時間にいくつか表現のバリエーションを考えて、それを審査してもらうという形に。
途中「も〜う!!!!絶対間に合わない!!!」と私が行き詰まったのですが、彼女の方「まだあと1日あるよ!」とガッツを見せてくれたので、2人で必死になってやりました。

22日、これが最後の日。明日の午前便で私は旅行に行くので、早く片づけて荷造りもしなければいけないのです。
「お邪魔します〜」とお店の通用口を入ると、いつもは愛想がいいおばさんもちらりとこっちを見るだけ。
さすがに3日連続で来たら、お姑さんの態度もちょっと冷たくなるわな(苦笑)。

途中食事食べずに、なんとか9時半頃終了。最終的には「この数日間ですごく中国語が進歩した」と褒められました(苦笑)。

軽く「日中嫁姑問題」の愚痴など聞きながら(爆)、やっと晩御飯。
食事をしているときにすぷびゅーさんから電話があり、「翻訳は終わって後は入力」と伝えた後「また来年!」と陽陽の家からダッシュで退散しました。・・・嫁姑問題聞いてたらきりがないからなぁ。
でも・・・これで終わりではないんだな〜。

ここまでの作業はプリントアウトした紙に赤ペンを入れていく方法で校正していたのですが、ここからWordへの中国語入力作業があるのです。直した部分を必死になって打ち込み、何とかデータ完成。
毎回のことながら軽く仮眠を取っただけで、成田空港へ。後は頼んだっ!!!(ひでえな、おい)

  (すぷびゅーさん) ファイル渡し編  >>

Project参加者(順不同)
アンケート回答: COMOさん/cooさん/isaoさん/Kanshiさん/Katsumi Iwataさん/overtureさん/Lamyayさん/liangさん/masayanさん/
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まおうさん/山路さん    and  jing
文書作成協力: すぷびゅーさん(文書作成・プレゼンター)/陽陽(翻訳監修)&I家/
特別協力in台湾: T.Tさん(連絡係・現地通訳)/llopと友人たち(非常感謝!!)

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